■ 早期に進めた3日間続いた会議の意図とは?
第三者弁護士による調査報告書が提出されたあと、議会ではその扱いをめぐる議論が続いていました。しかし、報告書の全文は議員に公開されず、議会の中で十分な説明や議論が行われたとは言い難い状況でした。
私は報告書の扱い方や調査の過程について疑問を感じており、議長に対して調査の経過や資料の扱いについて確認するため、複数回にわたり申し入れを行いました。しかし、私の申し入れが議会の中で実質的に取り上げられることはありませんでした。
その後、議会では3月14日、15日、16日と、連日にわたり会議が招集されました。報告書の内容や議会としての対応について協議が行われることになったためです。これも異例の早さで、ほぼ正副議長と事務局の調整で決まります。
この会議の場で、私はこれまでの経過について説明する機会を与えられました。そこで私は、ハラスメント申立てに至った経緯や、音声データを提出した理由などについて、できる限り丁寧に説明しました。
録音データの編集については、内容を分かりやすく整理するために行ったものであり、証拠を隠す意図はなかったことも説明しました。また、証拠提出の方法について自分の判断が十分でなかった点については、反省の意も述べました。
しかしながら、それでも議会の流れが大きく変わることはありませんでした。
■ 問責決議案の提出者が現れる
その協議の経過を経て、私に対する👉️問責決議を提出するという議員が現れました。
決議文では、私が提出した音声データの編集や、記者会見での対応、さらには議会の名誉を損なった可能性などが問題として挙げられていました。しかし実際には、音声データの編集という一点のみが切り取られ、その経緯や意図についての説明は十分に考慮されないまま、「理解できない」と評価されていたのです。
さらに、事務局が行った記者会見によって大きく報道されたという点についても取り上げられ、その影響を踏まえたかのように、議会の信頼を損なうおそれがあるという結論へと結び付けられていきました。
余談になりますが、記者会見や報道との関係で問責決議が問題とされるのであれば、👉️『ハラスメント防止シリーズ〈エピソード1〉』で登場する出来事については、どのように評価されたのかという点も、私は考えざるを得ませんでした。
当時は、十分な検証を経ていない情報が記者会見の場で繰り返し発信されていましたが、それが虚偽であった場合であっても、正副議長側の勢力はこの議員を守り、問責決議は否決されてきました。追及が行われることもありませんでした。
副議長と同じ会派の議員であったという事情が、その一因であったのではないかと感じています。
こうした経過を見ると、議員によって対応の基準に差があったのではないかという点は、👉️『新人議員の本音シリーズ』で、私がこれまで述べてきたとおりです。
私はこの問責決議案が、議会の議論が「ハラスメントの申立て」そのものではなく、「申立てを行った私の行動」を問う方向へと進んでいることを感じていました。
本来であれば、議会の中で起きた出来事の内容や、その是非について議論が行われるはずのところが、いつの間にか論点が変わっていったのです。
結果として、議会運営に関して問題提起を行った側の立場が悪く見える一方で、問題を指摘された側の印象が相対的に良く見える、そのような構図になっていたのではないかと感じました。そうすることでしか、疑いを向けられたイメージを払拭することができないと考えたのかもしれない、私はそう思いました。
この瞬間に、議会の中で扱われている問題の軸が、大きく変わったのは明らかだと感じました。そしてこの流れは、そのまま本会議へと持ち込まれていくことになります。
この時点で、議論の方向は、すでに決まっていたように思います。
■ 問責決議という仕組み
率直に申し上げて、問責決議は必ずしも重い処分とは言えません。
「問題があるのでは」と議会としての評価を示すものであり、法的拘束力があるわけでもなく、何かが制限されるものでもないためです。
また、決議に賛成した議員に対しても、大きな責任が問われるような性質のものではありません。懲罰動議のように、決定に重い責任が伴うものではありませんし、出席停止のような具体的な不利益が生じるものとも性質が異なります。
そのため、「注意喚起」や「戒め」といった意味合いで賛成する議員もおり、判断の重さには幅があるのが実情です。
一方で、辞職勧告決議は「辞めるべきではないか」と求めるものなので、問責決議よりは一段重い意味を持ちます。ただし、これも強制的に辞めさせることができるものではありません。
こうして見ていくと、問責決議はあくまで議員同士の評価に近い側面が強く、そのときの判断や空気によって左右されやすい性質を持っていると感じています。
すべては議員が決めることなので、そこに恣意的な感情がまったく入り込まないとは言い切れません。










