■ 本会議最終日に提出された問責決議案
こうして、私への問責決議案は、自民党と公明党会派の議員が提出者となり、短期間のうちに提出され、今期最後の定例会に間に合いました。
提出に対して、弁明をするかしないかを、私が決めることができます。私は、登壇して弁明することにしました。
決議文の中では、私の行為について「議会の品位や名誉を不当におとしめる意図があった」とする記述がありました。しかし、私自身はそのような意図を持って行動したことは一度もありません。
まず伝えたかったのは、私には議会の品位や名誉を不当におとしめる意図はなかったということでした。
そしてもう一つ、一括りに「議会の品位」と言われますが、それは何を基準に判断されるものなのでしょうか。その範囲はあまりにも広く、どこからどこまでが該当するのかも曖昧で、不透明なまま運用されている印象があります。
今回のハラスメント調査は、議員間で起きた出来事について、第三者の立場から事実関係を整理してもらうために依頼したものでした。
私は当初、この調査によって認識の違いや誤解が整理され、議会運営がより円滑になることを期待していました。つまり、この問題を大きくするためではなく、むしろ和解に向けた糸口を求める行動だったということです。
■ 音声データの編集をめぐる指摘
弁明の中で、最も大きな論点となったのは、私が提出した音声データの編集についてでした。報告書や報道では、「自分に不利な部分を意図的に削除したのではないか」という指摘がなされていたことが、重く取り上げられているようでした。
しかし、私が行った編集の理由は、そのようなものではありませんでした。報告書の内容を十分に把握できていない状態で、どこまで事実関係を判断できるのかという点には疑問が残りました。
音声データの中には、調査の本質とは関係のない部分を削除し、必要な部分だけを抜粋して提出したものです。この削除部分の有無によって、正副議長と事務局長のハラスメント事象の11項目の判断が変わることはまずありません。
これが逆に加害者側であれば、自らの行為を隠すために削除するという可能性も考えられます。しかし私は被害を訴えている立場であり、自ら不利となる証拠を消す理由はありません。
その点は想像しにくい部分でもあり、結果として十分に理解されにくかったのではないかと思います。「意図的な編集」という言葉だけが先行し、意図的=不利な部分の削除という印象に結びつけられていったようにも見えました。
これは証拠を隠すためのものではなく、むしろ余計な詮索が入らないよう、指摘している部分に焦点を当ててほしいという意図で行った編集でした。
また、そうした独自の判断による編集という証拠提出の方法について、自分の判断が混乱を招いた点は率直に反省の意を述べました。それでも、誰かを不当に貶める意図や、議会の名誉を傷つける意図は一切なかったということは、繰り返し説明しました。
しかし、それでも議会の流れが変わることはありませんでした。仮に話し合いだけで整理できる状況であれば、そもそも弁護士に相談するような経過には至っていなかったはずです。
■ なぜ申立人が問責の対象となったのか
今回の出来事は、議会の中で感じたハラスメントの可能性について、事実関係を整理してほしいという申し出から始まりました。
それにもかかわらず、最終的に評価を下げられる対象となったのは、その申立てを行った私自身でした。報復のような意味合いを持っているのではないかと受け止めざるを得ない場面もありました。
ハラスメントの問題は、声を上げること自体に大きな負担が伴います。だからこそ、申立てを行った人が不利益な扱いを受けないようにするという考え方は、社会の中でも広く共有されているはずです。
それなのに、今回起きたことはどうだったのでしょうか。
ハラスメントの可能性を感じて、解決を求め調査を依頼した側が、結果として非難の対象になる……。
結果として、声を上げた側が不利益を受ける構図になっていました。この流れを見て、「同じようなことがあっても、もう声を上げるのは控えよう」と考える人が出てきても不思議ではありません。
■ 論点が変わっていった構造
今回の議論を振り返ると、本来問われることと、実際に議論されていた内容が、途中から大きくずれていったように思います。あえてその方向に議論が進められていった可能性も否定できません。
本来確認が必要だったのは、議会内でどのようなやり取りがあったのか、その内容が適切だったのかという点だったはずです。しかし実際には、音声データの提出方法や編集、記者会見での発言など、私の行動そのものが問題として取り上げられていきました。
つまり、「何が起きていたのか」ではなく、「どのように行動したのか」が問われる形へと変わっていったということです。通報したこと自体が問題視されていくような構図があったのです。
問題の本質ではなく、その周辺の行動の是非に焦点が移っていきました。この論点のずれは、小さい段階で修正されることなく、徐々に広がっていきました。
議論をするメンバーによって、その見解の方向が大きく変わることもあります。当時、新人議員だった私は、そのことを目の前で見せられているような感覚を何度も覚えたものです。











