■ 市長のTwitterとネット上の誹謗中傷
自治体の市長がTwitterを始められるのも、市長という存在を身近に感じてもらえるようにというメリットがあるからだと捉えています。私も、市民にとって市長の考えや様子がわかるのは良いことだと思っています。
ただ、中にはどう見ても応援している内容でもなく、意見を伝えているともとれず、面白おかしく小馬鹿にしているように感じられるコメントを見かけることもありました。私には侮辱しているようにしかとれませんでした。
これが同市に住む市民がやっていることならば、自分の市の市長の気力を無くさせて何のメリットになるのかと思ってしまいます。
不満があってぶつけたいのなら、自分のアカウントの中だけで完結して呟けばいいところを、わざわざ市長のファンのいる場所を後追いして、引用ツイートを使い、見せつけるように自身の不満をぶつけるというのは、単なる卑怯な嫌がらせ行為にしかならないと思うからです。
他人のテリトリーに入り、好意的に見ている支持者の目に晒す場で、このような言葉を残すのは、SNS活動の単なる妨害行為でしかありません。こうしたネット上の書き込みに対する、公人の負担やストレスは相当なものだと思います。
■ 阪神間の市長のTwitterについて
近年、阪神間でもいろんな市長がTwitterをされています。阪神間の市長のTwitterを私もフォローさせていただいていますが、ぜひとも続けていただきたいと願います。
しかし、先行してTwitterをされていた神戸市の久元喜造市長は「もう限界です」といって、Twitterを辞められたということです。これはとても残念なニュースでした。なぜツイッターのアカウントを消したのかは、この言葉がすべてを語っているようでした。
「デメリットがメリットを上回り、相当な負担。続ける意味があるのかと思った。メリットはあるので相当迷ったが、思い切ってやめることにした。」
市民の素朴な反応が知りたいという思いで始められ、きっとこんな嫌がらせ行為を望んでいたわけではないはずです。
SNSの発信を何もしなければしないで「何をやっているのかわからない」と言われ、SNSの発信を始めたら始めたで、根拠のない偽証や侮辱的なことばかり言われることが続くようでは、相当な負担となるのもわかります。
■ ネット中傷に歯止め「侮辱罪」を厳罰化
好意的なことを否定し、ありもしないことをでっち上げるのは、ただの行き過ぎた誹謗中傷にすぎないのではないでしょうか。それを「批判や意見だから言って当然」というのは、政治家を相手に正当化しているだけだと私は思っています。批判の範疇には感じられない言葉もあるからです。
「匿名で茶々を入れる行為」ばかりを目にされた時は、周りの人も面白がらずに、反対にその行為を責める声も増えていけば、ネット上の嫌がらせ行為も少し変わっていくのでしょうか。非難されるようなことをしていない投稿に対して相手を貶すのは、ただの侮辱行為ですよね。
悪いことをしていて批判されているのなら、当然の報いだからとまだ理解もできます。しかし何も悪いことをしていない人に対して嫌味をいうのは、ただの足を引っ張る行為です。
もしその行為を「自分の住んでいる市が良くなってほしいから喝!のつもりで言っているだけ」と言われるならば、それは矛盾しています。
なぜなら、市長のメンタルが元気で、やる気になってくれている方が、ずっと自分の市のために良いに決まっているのに、わざわざ精神的苦痛を与えるのは、明らかに理にかなっていない行為だと私は感じているからです。
相手のメンタルを弱らせ、負担に思わせているのは明らかに誹謗中傷だと私はとらえています。
手の込んだ人は、一定期間相手をブロックして見たいときだけ外し、引用ツイートで書き込んで、またブロックして本人には気づかれないようにする人もいるようです。しかし不明な未読の通知はつくので、当事者には何かしらの裏書き込みがあることはいずれにせよばれるのではないでしょうか。
さて、いよいよインターネット上の誹謗中傷への対策として「侮辱罪」を厳罰化することとなったようです。
👉『侮辱罪厳罰化・改正刑法が可決成立』(FNNプライムオンライン)
こういう罰則規制が認められるようになったのも、SNSの利用でデメリットが上回ったということでしょうか。
発言の自由は大切です。ですが一部の心無い人の別の意図を含む書き込みがあることによって、厳しい処罰を設けなければいけなくなるほどに、阻害されてしまったように思えてなりません。










