■ 本来の論点は別にあった
本来、この出来事で議論されなければいけない本質は、私個人の行動というよりも、議会としての対応や運用のあり方だったのではないかと考えています。
たとえば、濃厚接触者となった議員が出た場合に、議会としてどのように対応するのか。その情報をどこまで、どのような形で共有するのか。また、議会事務局としての運用が適切であったのかどうか。
こうした点こそが、本来整理が求められる論点だったはずです。
しかし、実際の面談では、そのような議会の運用や事務局の対応について整理するというよりも、正副議長が議会事務局側をかばい、話の焦点が、次第に別の方向へ移っていきました。
いつの間にか、議会事務局の対応や情報共有のあり方ではなく、私自身の行動や判断が問題であるかのように話が進んでいったのです。
私はそのやり取りを聞きながら、本来の論点が、少しずつずれていっているような感覚を覚えていました。
■ 議長室での面談で終わったはずの話
議長室での面談は、最終的には副議長の「わかりました」という言葉で、一度は収まりました。そのとき私は、この出来事は、ここで私の見解を認識されたのだと受け止めていました。
もともとの発端は、私が濃厚接触者となったことを議会事務局へ報告したという、ごく事務的な連絡でした。議会活動に影響が出る可能性を考えての判断で、適切な対応のもとで欠席する旨を電話で伝えたものです。
そのため、この出来事が議会の中で問題として扱われるとは、その時点ではまったく考えていませんでした。
面談では、議長と副議長が同席し、私はこれまでの経緯を順を追って説明しました。なぜそのような連絡をしたのか、どのような状況だったのかについても伝えています。
話をしている間、特に強く責められるような雰囲気ではありませんでしたし、事情を説明すれば特に問題はないという認識で話は進み、最後に、副議長が「わかりました」といったその言葉を聞いたとき、少なくとも事情は理解されたのだと感じていました。
この件はここで一区切りとなり、追及されることもなくなったと思っていました。実際、その場では、それ以上の議論もなく、面談はそこで終わったのです。私自身も、この件はここで整理されたものだと思い、そのまま議長室を後にしました。
しかし、その後に開かれた代表者会議で、この出来事はまったく異なる形で扱われることになります。
後から振り返ると、正副議長は私の話を理解しようとしていたというよりも、最初からこの出来事を議会の問題として扱うことを前提に、私を議長室に呼んだのではないかと感じざるを得ませんでした。
本来整理される必要があったのは、議会事務局の情報共有のあり方でしたが、議論の焦点は次第に、私の行動そのものへと移っていきました。
議長室での面談では一度は収まったように見えたこの出来事は、その後、代表者会議の場で改めて取り上げられ、私が想像していたものとは大きく異なる方向へと進んでいくことになります。
■ 次々と持ち出される指摘が積み重なる
私が事務局長に不信感を抱くようになったのは、同様の出来事が重なっていったためです。ある時は、私が検査キットで新型コロナウイルスではないことを確認しているにもかかわらず、咳が続いているという理由だけで、事務局長から再度検査をするよう強く求められたこともありました。同じ会派の議員に感染させるのではないかという理由でしたが、私に対してだけ、かなり強い対応だったと感じています。
また、欠席の連絡についても、次のような出来事がありました。
私が体調不良のため欠席すると事務局へ伝えたあと、検査の結果、インフルエンザであることが分かりました。そこでそのことを後から伝えたところ、すでに届け出には別の理由が書かれているとして、「欠席理由を偽ったのではないか」と議長から指摘を受けました。
しかし、実際には体調不良の段階で欠席を連絡し、その後に検査でインフルエンザと判明するという流れは、特別に不自然なものではないと思います。
そのような指摘を受けたため、私は本来は議員本人が後日あらためて欠席届に理由を正式に記入する運用になっていることを説明しました。その時点では、まだ正式な理由を書いたわけではないからです。
ところがこの件をきっかけに、欠席届については「事務局職員が代わりに書類を作成して提出している」という説明が後から示されました。そして、電話で欠席の連絡を受けた場合には、事務局職員が届け出を書いてもよいという取り扱いが、全体会議の中で事後的に報告されることになったのです。
その結果、その運用は、あたかも以前からのルールであったかのように扱われ、結果として定着していくことになりました。一度や二度の出来事だけで、強い疑念を持つことはありません。










