「知事が認めないから」解消しない判断のズレ
これだけ検証が行われて、全員が同じ見解を示す結果でしたが、それでも、斎藤知事の熱烈な支持者の中には、現在もなお「元西播磨県民局長による外部通報の文書は保護対象ではない」との認識を持ち続けています。中には、「斎藤知事が県庁にいると不都合なことでもある人たちが、寄って集って斎藤知事を貶めているのではないか」といった見方や、「陰謀がある」と主張する声も見られました。
元局長の外部通報は、公益通報者保護法の「保護対象に該当する」と、第三者委員会、百条委員会、消費者庁、さらには国会での政府見解まで示された中で、なお、斎藤知事の説明だけを根拠に、「斎藤知事は悪くない」と信じ続ける根拠は、どこにあるのでしょうか。どうして、一人だけ出方の違う斎藤知事を擁護する声がここまで根強いのでしょうか。
それにはいくつかの背景が考えられます。知事一人に対して多数の人がその行動を指摘している構図だと、「ひとりは弱い立場、多数は強い」という印象を受ける人もいるかもしれません。そうした状況では、「いじめられているのではないか」「守ってあげたい」「1人で立戦っている」と感じる心理が働くことは、決して不思議ではないです。
一方、斎藤知事が間違っていることを知っている人たちは、その態度を改めてもらおうとするあまり、声が大きくなったり、表現が強くなったりすることもあるでしょう。さらに、斎藤知事が「訂正しない姿勢」を続けていることが、対立構図の解消を難しくし、むしろ「知事を応援しなければ」と感じる人の思いを強めている側面もあるようです。
そして、斎藤知事自身が初動対応の判断のズレを認めない姿勢を続けていることが、こうした状況を固定化させ、この構図が崩れにくくなっているようにも見えます。率直に言えば、ここまで長期化すると、頑なに自分の発言を変えないことで、熱烈な支持者の思いをつなぎとめているように思えてなりません。
最終的に「司法の判断」という切り返し
斎藤知事は再選後、元局長への懲戒処分の妥当性については、第三者の判断を「待ちたい」という姿勢を繰り返し示し、「結果を待ちたい」と説明してきました。なお、第三者委員会の設置と調査依頼にしても、知事自身によるものです。
しかし、結果が示された後も、それを「ひとつの考え方」として相対化し、参考程度に扱う姿勢が続いていました。第三者の検証を求めた以上、その結論を踏まえた見直しが期待されますが、現時点ではそうした動きは見られていません。
かつて斎藤知事が、「適法」の判断の根拠として尊重していた特定の弁護士でさえ、元局長の通報は「公益通報者保護法の保護対象に該当する」との見解に立ち、従来の発言を事実上撤回しました。
それなのに、斎藤知事は現在に至るまで、一連の対応は「適正・適切・適法であった」との立場を崩していません。その際、「兵庫県庁としての判断である」ということも強調しています。つづいて斎藤知事は、元局長に対する懲戒処分が不当であったかどうかについても、「司法の判断に委ねる」と述べるようになりました。
というものの、すでに亡くなられた元局長は、名誉毀損の是非を司法の場で争うことすらできない現実があります。それでも、斎藤知事は繰り返しその主張をしています。裏を返せばこれは、故人に対して「裁判を起こして証明すればよい」と、不可能なことを突きつけているに等しいのではないでしょうか。
転機とも言える裁判所の「決定」
収束の兆しが見えなかった兵庫県内の分断に、わずかながら変化が生まれました。現在、名誉毀損の疑いで逮捕されているNHK党の立花孝志氏に関連する動きに、新たな展開があったのです。
公益通報者保護法の解釈の違いが、事実上の争点ともいえる兵庫県知事選挙において、斎藤知事に有利に働いた立花孝志氏の街頭演説が、「デマを用いてでも世論を誘導する意図だったと評さざるを得ない」と裁判により判断されたとのことです。
斎藤知事に投票した人の多くは、「斎藤知事は公益通報者保護法に違反していない」「元局長に対する懲戒処分は妥当だった」という説明を信じた上で、判断していたものと思われます。
民意の正当性は、有権者が正確な情報に基づいて判断していることを前提とします。しかし、今回の司法判断を踏まえると、斎藤知事が「知事であり続ける根拠」としてきた選挙で選ばれた「民意」や「付託」についても、虚偽や歪んだ情報が、投票行動に影響していた可能性を否定できない根拠が生まれました。
再選後に改めて問われる、県政トップの役目
私は今回の司法判断を、これまで斎藤知事の一連の対応に疑問を呈してきた人々(県議、記者、県民)の声が、結果として正当な問題提起であったことを裏づけるものだと受け止めています。今、問われているのは「誰が判断するのか」ではありません。兵庫県のこれまでの対応が、公益通報者保護法の趣旨に照らして本当に適切だったのかどうかです。
そして、その是非を社会全体に示すためにも、過ちがあったのであればそれを認め、責任の所在に明確にしてこそ、県政のトップであり、これが斎藤元彦知事に、今求められていることなのではないでしょうか。再選という結果によって、この問題がリセットされることはありません。
むしろ再び知事の座に就いたからには、兵庫県民はもちろん、公益通報者保護法という制度を「保護の拠り所」として頼っている全国の人々のためにも、逃げることなく、今度こそ正面から向き合い、けじめをつける責任が、より重く課されていたのだと、私は考えています。
同じ質問が繰り返される、定例記者会見の実態
元局長の外部通報は、公益通報者保護法の「保護対象に該当する」と、第三者委員会、百条委員会、消費者庁、さらには国会での政府見解まで示された中で、なお、斎藤知事の説明だけを根拠に、「斎藤知事は悪くない」と信じ続ける根拠は、どこにあるのでしょうか。
週に一度行われる斎藤知事と記者クラブとの定例記者会見では、会場の外では抗議の声が響く一方、会見の中では記者の質問と知事の回答がかみ合わない場面が続き、同じ趣旨の質問が繰り返される状況が見られます。その結果、何のための質疑なのか分かりにくく、議論が前に進んでいないように感じられる場面が増えています。
ここまでの経緯を踏まえると、記者たちが斎藤知事に対してしつこいのではありません。核心に関わる答えが示されず、はぐらかされた状態が続いているため、同じ質問が繰り返されているにすぎません。記者の質問にも徐々に鋭さが増し、最近の記者会見(2月4日)のやり取りの中からも、苛立ちにも似た緊張感が伝わってきます。
この会見の中で、斎藤知事はとうとう記者から「あなた何のために会見やってるんですか?」と言われてしまいました。そう言わずにはいられない答え方だったのはたしかです。そのやりとりの部分を切り取った動画のポストがありました。
斎藤知事は立花孝志氏をどう評価していたのか
立花孝志氏はこれまで、公益通報者保護法の解釈や関係者情報について、事実関係とは異なる内容を発信していたとされ、裁判所の判断により、「デマで世論を歪めた」と認定されています。一方、斎藤知事は、過去に公益通報者保護法問題について、立花氏の考えに「共感している」と会話していたことがあったのですが、その場面の動画がポストされていました。
この時の発言とも合わせて、選挙期間中における立花氏との関係や接点について記者から質問を受けるも、斎藤知事は明確な説明を避ける場面が続いています。多くの関係機関が、元局長への懲戒処分は公益通報者保護法違反であり、撤回が相当とする判断を示しています。それでもなお、斎藤知事は、その結論を受け止めることなく、自らの行為の誤りを認めない姿勢を続けることで、「自分の行いは正しかった」という自己都合の解釈を県民に広めているに過ぎません。
ここまでの経緯を整理してきましたが、皆さんはどんなふうに感じられたでしょうか。この問題が今後どのような展開を迎えるのか、そして県政がどのように向き合ってくれるのかを、騒ぎが収まるまで、これからも見守っていきたいと思います。
つづく…かも
さて、もう少し詳しく知りたい方は、過去の関連する出来事として、兵庫県知事選挙の内容についても、下記のブログで詳しくまとめています👇️















