■ 報告書のあと、議会と報道はどう動いたのか
第三者弁護士による調査報告書は、令和5年3月6日に議会へ提出されました。その後、私はその内容が議会の中でどのように扱われるのか、様子を見ていました。
最初に動いたのは、議会での議論ではありませんでした。議会事務局による記者発表でした。
令和5年3月10日、芦屋市議会事務局は報道機関に対して記者発表を行い、第三者弁護士による調査結果を公表しました。その発表では、「申立人が主張する事実については、その事実の存在自体が認められないものも存在し、全体としてハラスメントと評価すべき点はない」という結論が強調されました。
その後、この調査結果は各報道機関で取り上げられることになります。しかし、その伝え方は、私が申し立てた内容とは大きく異なる部分だけが強調されるものでした。
特に強く報じられたのは、私が提出した録音データが編集されていたという点でした。記事の内容は、ハラスメントが存在しなかったかのように、私が録音を加工して主張しているかのような印象を与えるものでした。
しかし、実際に私が行った編集は、そのようなものではありません。私が提出した録音データの編集は、家族に関する個人的な話や議員同士の私的な議論、長時間に及ぶ雑談など、公開する必要のない部分を省き、問題となっている部分を聞き取りやすく整理したものにすぎないものでした。ハラスメントを申し立てた調査に関する部分を省いたつもりはありません。
もともと録音は長時間に及ぶものであり、ハラスメント項目も多岐にわたり複雑な内容のため、そのまま提出すると内容が分かりにくくなるため、必要な部分を整理した形で提出しました。元の録音データについても、求められればいつでも提出できる状態にありました。
つまり、証拠を隠すための編集ではなく、内容を分かりやすくするための整理だったのです。そもそも、証拠として録音を提出しているのは私の側です。もし事実を隠そうとしているのであれば、録音そのものを提出する理由はありません。
むしろ、録音を証拠として提出しているのは私のほうです。その内容が検証されることを当然のこととして望んでいました。しかし実際の報道では、「録音が編集されていた」という部分だけが強く取り上げられました。その結果、私が録音を捏造したかのような印象だけが残る形になってしまいました。そのような伝え方が、議会事務局からなされていたためです。
■ 議会の中の空気
ここで改めて確認していただきたい点があります。議員はこの報告書の全文を見ていません。
議会の中でもさまざまな反応がありました。中には、私の立場を理解しようとし、守ろうとしてくれていた議員もいました。
ただ、その議員たちであっても、この問題の詳しい経緯を十分に知らされているわけではありませんでした。議員に伝えられたのは、記者会見で配布されたものと同じ概要資料だけでした。つまり議員は、調査報告書の全文や各項目の検討内容、調査の詳細を確認することなく、この調査結果を前提として議論を進めていくことになります。
多くの議員は調査の詳細な経過を知らないまま、この問題を判断するしかできない状況でした。どのような申立てがあり、どのような証拠が提出され、どのような調査が行われたのかという重要な部分は、共有してはいけないと、議長から議会内で示されたためです。「個人の事案である」という理由で非公開とされることは、これまでも繰り返されてきました。
議会の中で判断が行われるにもかかわらず、その前提となる資料の全体像を議員が確認できないまま議論が進む。このような状況だからこそ、議員間だけで判断が行われることの難しさや歪みが生じていると感じました。
そのため、議会の中では断片的な情報だけが広がり、それぞれが限られた情報の中で判断をするしかありませんでした。そうした状況は、問題の本質を冷静に議論する環境とは言い難いものでした。
正副議長の説明は「個別事案であるため」というものでした。そのため、議員に配布されたのは調査報告書そのものではなく、「報告書概要(抜粋)」という資料でした。なお、申立人である私は、内容の公開については問題ないと考えていました。
そして、この概要資料は、議会事務局が記者会見で報道機関に配布した資料と同じものだったとされています。つまり、記者と議員のどちらにも配られたのは同じ概要資料であり、調査報告書の全文は議員ですら確認できない状態だったということになります。
さらに3月17日の全体協議会では、この概要資料を議員が黙読する時間が設けられましたが、その時間はわずか10分程度でした。限られた資料を限られた時間で読むだけでは、調査の詳細な内容や検討過程を十分に理解することは難しかったと言わざるを得ません。
■ 全体協議会
その後、議会では全体協議会が開かれました。名目としては、調査結果の共有という形でした。
しかし実際には、報告書の全文が共有されることはありませんでした。個別事案であるという理由から、当事者以外の議員は調査の詳細な中身を確認することができない状態のままだったのです。
どのようなハラスメント申立てがあり、どのような証拠が提出され、どのような調査が行われたのかという肝心な部分は、多くの議員にとって分からないままだったのです。そのような状況では、調査が適切に行われたのかどうかを判断することができるといえるでしょうか。
では、なぜこの会議が開かれたのか。別の目的があったのではないかとも感じています。結果として、この会議は、私に精神的なダメージを与える過程の一部として進められていきました。
任期の終わりも近づいていた中で、3月定例会の中で何らかの対応を早期に出したいがために、画策されていたのではないかとも感じています。
■ 終わったこととして扱われていく問題
調査結果が示された後、議会全体の場でこの問題について十分な議論が行われることはありませんでした。
何かといえば、「調査内容の中身がわからないから判断しようがない」と言われたり、私が説明しようとすると「個人のプライバシーに関することまで聞けない」として避けられる状況があり、どのようにも理解を得られない状況が生まれていました。
報告書の内容を広く知らされることもなく、この問題は次第に議会の中で表立って語られなくなっていきました。結果として、私が受けたハラスメントは議会の中では「終わったこと」として扱われていきます。関わりを避けたい問題として受け止められていたのだと感じました。
しかし、私にとっては、この出来事が終わったとは到底思えなかった状況であることに変わりありません。ハラスメントが認定されなかったからといって、議会運営が公平であることが示されたわけではありません。私が受けた屈辱が消えたわけでもなく、問題の経過がきちんと説明されたわけでもなかったわけです。
むしろ、この出来事を通して、議会という組織の力関係や空気が、はっきりと見えてきたように感じています。議会という場では、制度や手続きだけではなく、その場の空気や力関係が大きく影響することがあります。その現実を、私はこの出来事を通してさらに強く感じることになりました。
そして、この問題がどのように扱われ、どのように終わったことにされていったのか。せめて、その経過を記録として、きちんと残しておきたいという思いが募っていきました。










