経験が活動を支える笑顔の現場
シニア世代が生き生きと活躍する「おもちゃドクター」の活動を見学するために、芦屋市版の居場所づくりのヒントを求めて、神戸市長田区のふたば学舎で開催されていた”ふたばおもちゃ病院”を訪ねました。
■ 学校跡地から生まれた、地域の拠点
ふたば学舎は、かつての神戸市立二葉小学校の校舎を活用した施設で、現在は地域活動や市民交流の拠点として使われています。敷地のすぐ隣には保育所もあり、子どもたちの声が日常的に聞こえてくる、世代が自然に交わる場所です。
■ 「親父塾」から始まった活動
今回見学したのは、主に仕事をリタイアされた方々が中心となって活動されているボランティアの現場です。その始まりは「親父塾」という学びと交流の場だったそうです。そこで出会った仲間たちが立ち上げたのが、「ふたばおもちゃ病院」です。ここでの月に一度の開設日には、たくさんのおもちゃが持ち込まれ、修理を終えた“患者さん”の引き渡しも行われています。
■ おもちゃ病院の現場で見た光景
私が訪れたとき、ちょうどドクターの前に立っていたのは、『トイ・ストーリー』のアンディのおもちゃを抱えた男の子でした。首が取れてしまっていました。身を乗り出して不安そうな表情でドクターの手元を見つめる少年。それをやさしい眼差しで見守りながら、丁寧に状態を確認するドクター。

「治りますよ」その一言に、男の子の表情がぱっと明るくなります。けれど次の瞬間、「入院になるから、しばらくお別れだよ」と聞くと、男の子はお母さんに抱きついて泣き出してしまいました。この光景は、ここではよくあることだそうです。しかし、おもちゃが元気になって“退院”する日。再会の瞬間に見せる子どもたちの満面の笑顔。「あの時がいちばん感動するんです」と、ドクターは教えてくれました。
■ 子どもだけでなく、大人も「大切なもの」
おもちゃの患者さんを連れてくるのは、子どもだけではありません。次に訪れていたのは、大人の女性でした。大切な記念日に贈られた思い出の品が壊れてしまい、今日はその退院の日だったようです。
ドクターは修理前の写真を見せながら、「ここをこう直しました」と丁寧に説明します。再び灯りがともるのを見て、ほっとした表情を浮かべる姿がとても印象的でした。
さらに次に持ち込まれたのは、一見するとおもちゃとは思えない「車」。
ドクターは最初、戸惑っていたようでしたが集まり知恵を出し合いながら、最終的に電気工事士の資格を持つ方の専門工具で原因を特定しました。バッテリーの不具合と分かり、無事に治療方針が決まりました。
■ 経験が活きる場所となる
ここでは、それぞれがこれまで培ってきた経験や技術を持ち寄り、得意分野を活かしながら、知恵と技量を教え合っています。「直せないおもちゃは、ほとんどないですよ」そう語りながら、これまで直してきたおもちゃの中でも、特殊な例の写真を見せていただきました。
バラバラになってしまったペコちゃんも修復され、時にはプラモデルづくりが得意な方が力を発揮し、また、塗装の経験が豊富な方の手によって、きれいな瞳の輝きを取り戻したお人形もありました。そのおもちゃからは、積み重ねてきた仕事や趣味などの経験そのものがにじんでいました。今は、壊れたら買い替えることが当たり前の時代かもしれません。それでも、子どもの頃、「これじゃなきゃイヤ」という特別なおもちゃがあったはずです。そんな大切な存在に、もう一度命を吹き込む。それが「おもちゃドクター」の活動です。
■ 持続のための課題と可能性
治療費は無料。必要なのは、活動する居場所と部品代、そして道具です。現在は寄附や市の補助金によって何とか運営されていますが、その補助金にも期限があると聞きました。それでもここは、高齢者が生き生きと輝く「役割のある場」「誰かのために役立つ働き」が、これ以上なく自然に成立している場所でした。
上手につくられた”ふたばおもちゃドクター”の模型やオルゴールがありました。
商店街で聞いた、復興のその先に目を向けるということ
このあと、ドクターのお一人に案内していただき、商店街にあるお茶屋さんに立ち寄り、店主の方とお話をする機会がありました。
この商店街は、震災後の復興の過程で整備されたものの、当時は急いで店舗を集める必要があったため、地元に根付いた個人商店よりも、大手チェーン店が多く入ったそうです。しかし、不況になるとそうしたチェーン店は次々と撤退し、結果として空き店舗が増えてしまった、とのことでした。個人商店が少ないことが、地元に根付いた人との繋がりをつくる商店街としての持続性を弱めている要因でもある、というお話も印象に残りました。
また、神戸市役所についても、「職員や市長、議員が現地に話を聞きに来てくれない」という印象を持っている方もいるようで、復興が一区切りついたあとは、その後の衰退にはなかなか目を向けてもらえない。そんな思いを抱いておられるのかもしれません。震災の記憶そのものも、次第に忘れ去られているのではないか、という思いにかられる状況が伝わりました。商店街はとても長く、駅に近いエリアには今も店舗が集まり、一定の賑わいは保たれていましたが、奥へ進むにつれて、日曜日であっても8〜9割ほどがシャッターっが閉まっているように見えました。
ただ、そんな中でも、こちらのお茶屋さんのように、親から子へと世代交代しながら、地元の方々とのコミュニケーションの場として続いているお店が、町の中に確かに存在しています。そのこと自体が、とても素敵だと感じました。
芦屋市版への展開を考える
ふと思ったのは、この活動の広がりです。例えば、ゴミ処理場のリサイクルイベントや、防災訓練と組み合わせたおもちゃ交換、保育所や子ども関連施設への譲渡など、人が集まる場や仕組みと結びつけることで、活躍の場はさらに広がるのではないでしょうか。
実際、保育所や子ども福祉の現場からは「おもちゃが足りない」という声を以前から聞いています。一方で、家庭では「子どもが大きくなって使わなくなったおもちゃの処分に困っている」という声もあります。使われなくなったおもちゃが、別の場所で、別の誰かを笑顔にする。まさに、トイ・ストーリーの世界です。
経験を地域の力としてつなぎ、世代を超えて喜びが循環する仕組みづくり。その可能性を、ふたば学舎で学ばせていただきました。芦屋市ならではの新しい取り組みとして、こうした活動を地域に展開していけたら。そんな前向きな気持ちを強く抱いた一日でした。
帰り道に駅前の若松公園に立ち寄り、鉄人28号の実物大モニュメントを見ました。ふたばおもちゃドクターのキャラクターロボットは、このシンボルをモチーフにしつつ、代表ドクターをモデルにして作られたそうです。













