■ 証拠の扱いと調査手続きへの疑問
調査の過程についても疑問が残る点があります。
報告書には、副議長から録音データが提出されたと記載されています。そのデータについては、申立人である私には共有されていませんでした。
通常であれば、新たな証拠が提出された場合には、その内容が当事者双方に共有され、必要に応じて反論や補足説明の機会が与えられるものだと考えています。
どのような資料が提出されたのかを当事者に知らせたうえで、事実関係の確認が行われることは、手続きとして当然のことではないでしょうか。
もし録音の完全な形が必要であれば、私から提出することも可能でした。録音は当時のやり取りを記録したものであり、事実関係を説明するための資料でもあります。私にとって、それを隠す理由はありませんでした。
むしろ当時の状況を考えれば、録音の存在によって困る立場にあったのは正副議長側だったのではないかと感じています。それにもかかわらず、その証拠がどのように提出され、どのように扱われたのかについて、私への説明は十分になされていませんでした。
■ 調査資料に含まれていたSNS投稿
報告書の資料を見ると、私のFacebookやX(旧Twitter)の投稿について、副議長の見解が記載されていました。
本来、この調査で確認されるべきなのは、議会の中で何があったのかという点のはずです。私のSNSの投稿に対する評価が含まれており、副議長の受け止め方や印象がそのまま示されているように見えました。
その内容は、事実を確認するためのものというよりも、私に対して悪い印象を持たせるためのもののように感じました。
副議長は、日頃から私がSNSで議会のことを発信している「新人議員の本音」について、よく思われていなかったのではないかと感じています。内容への評価というよりも、発信そのものを抑えたいという意図があったのではないかとも受け取れました。
こうした形で告発者の印象を悪くするように使われているのであれば、公平なやり方とは言えないのではないかと感じました。これが、報告書を見た正直な感想でした。
■ 論点が人物評価へと移されていった
副議長のヒアリングの内容を見ると、私の行動や私生活、さらにはSNSの投稿などについて説明が行われています。その結果、調査の中ではハラスメントの事実関係よりも、私の人物評価に関する話が強く出てくる構造になっていました。
新たな証拠が提出されていたのであれば、それを反論として私に示されることもありませんでした。副議長に関しては、事実関係について確認したり反論したりする機会が十分に与えられていなかったことがわかりました。
このような調査の進め方を見ると、何らかの利害関係が影響していたのではないかと疑問を持たざるを得ませんでした。私が、2名の弁護士に対してどうしても腑に落ちなかったのは、この点が大きく影響していました。
こうして報告書の内容を見ていくと、一つの疑問が浮かびます。本来の問題は、議会の中で何が起きたのか、そしてどのような対応があったのかという点だったはずです。
例えば、議長室での面談や代表者会議での扱い、そして議会事務局の対応といった点です。
しかし、調査の中では、次第に論点が変わっていきます。私の行動や言動、さらにはSNSでの発信といった、人物評価の問題へと話が移されていったのです。
結果として、副議長によるヒアリングは、ハラスメントの事実を検証するためというよりも、私の人物や言動を評価する材料として扱われているようにも見えます。
もしそうであるならば、それはハラスメントの事実を検証する調査というよりも、結論を導くための材料として使われた可能性も否定できません。
■ 説明がなされないまま調査を打ち切られた
この調査では、私が申し立てた内容について全部で11項目が検討されています。事務局長に対する主張が5項目、正副議長に対する主張が6項目です。報告書内では、そのひとつひとつの結果について、認定されなかった理由や具体的な根拠となる理由が一切書かれていませんでした。
議員に配布された概要資料では、それぞれの項目についてどのような証拠が検討されたのか、どのようなヒアリングが行われたのかといった詳細は、まったく説明されていませんでした。
強調されていたのは、「ハラスメントと評価すべき点はない」という結論の部分でした。
本来であれば、どのような事実が認定され、どのような証拠に基づいてその結論に至ったのかという過程こそが重要であるはずです。しかし、その過程の多くは、議員に共有されていない状態でした。
そして、報告する内容を抜粋したのも事務局です。
通常、第三者調査委員会が開かれる場合は、その後、報告会が開かれ質疑応答をする機会があります。そのような機会を求める議員もいましたが、正副議長は弁護士との調整を行うことを認めませんでした。
その時点でも私は不信感が募るばかりでした。










