■ 不当な問責決議と、真実を求める気持ち
今期の議会の中で、これまでに三度の問責決議がありました。
問責決議の本来の目的は、議員や行政に対して市民に対する説明責任を果たさせるためのもので、適切な職務遂行や公務員としての倫理に欠ける行動があった場合に、議会がその責任を追及し、是正を促すための手段です。
特に、公的な場で不適切な発言や行動が市民に影響を与えた際、問責決議はその行為を議会として公式に批判し、再発防止の姿勢を示す重要な役割を果たします。
このような決議を通じて、議会は組織としての信頼性を維持し、市民との信頼関係を強化する役割も担っています。
■ 振り返るほど、疑問が残る進み方でした
では、この問責決議がどのように進められたかを振り返ると、非常に多くの疑問が浮かびます。
市長に対して行われた最初の問責決議は、実際には市長本人が何か過ちを犯したわけではなく、職員の行動に対する対応として市長が責任を取らされる形でした。
しかし、追及が激しく、時には過剰ともいえるほどの圧力がかかり、市長に対する不当な扱いのようにも見受けられました。
最終的に、市職員側に過失がなかったことまで、市長の責任かのように嘘をついていた議員の行動が明らかになったものの、その当時はまだ隠されていたため、市長が問責可決に追い込まれたのです。
当時からその事は判明していたにもかかわらず、そのことを認めようとはしなかった議員が大勢いたために、正しい判断が下されたとは言いがたい議決でした。
■ 5時間の議論で見えた、厳しい空気
私と山口議員は、「議員提出議案第25号の問責決議」を提出し、真実を追求するための議論の場を設ける決意をしました。
しかし、議案提出者として、他の議員からの質問に応じる義務があり、約5時間にもわたる議論が展開されました。
各議員が3回までの質問権を持つルールがあるにもかかわらず、会派全体でまるで「示し合わせたかのように」同じ内容の質問を次々と繰り返し、一斉に追及しようとする姿勢が非常に圧力を感じさせるものでした。
それでも私たちは理解を求め、粘り強く応答し続けましたが、議論の場では、はなから賛成する気がないという意図が非常に明確で、いくら説明を尽くしても議論は堂々巡りに陥るばかりでした。
そのため、問責決議の意義を理解してもらうことが難しく、最終的には「数の力」によって否決される結果となりました。長時間のやり取りに、さすがに疲れを感じざるを得ませんでした(笑)。
■ わかっていて庇うことは、責任が残る
結局この問責決議は、多数派が今度は反対に回り否決となりました。
悪いとわかっていながら、その人を庇うという行為は、たとえ直接手を染めていなくても、同じように罪を助長していると思います。
真実や正義を求める姿勢が歪められ、間違った行動が正当化されるような場面では、関わる全員がその責任を共有していると言えるからです。
■ ハラスメントを訴えた側が仕返しされる現実
個人情報を無断で公表したり、議会やメディアで虚偽の発言をした議員には、議会として何らかの処分を行う必要があると考えていました。
市民に対して正確な情報を提供する義務があるはずですが、結局この問責決議は否決され、その議員が提供した誤った情報が記録に残ることになりました。
2度目の問責決議は、本来なら可決であろう行動をしていたにもかわらず否決となり、虚偽の証言がそのまま事実として判断されてしまったのです。
市長に対する問責決議が可決された時は、多くの議員が事実である調査報告を、逆に受け入れようとはせずに、反発的な発言をしていたことも印象に残っています。
■ 明らかになった事実が、覆らない悔しさ
後日、この問責決議が再び否決された結果を受け、ついに職員たちの間で不満の声が上がり、ようやく事実が明らかになりました。
しかし、一度決定された議決は覆ることなく、その結果が記録として残ることには無念さを感じざるを得ません。
2度にわたる不適切な問責決議の経緯が、市民や議会内においても影響を及ぼし、透明性や説明責任が果たされなかったことへの失望が広がっています。
議会は、市民のための信頼に基づく議論の場であってほしいと感じています。
■ 今期最後の標的は、私でした
今期最後の問責決議で、標的となったのは私です。
これは、議会内で強い影響力を持つ人物に異を唱えた私が、その影響力に逆らったことで標的とされ、やむなく議会内でのハラスメント問題を訴えたことがきっかけでした。
私が訴えたのは、議会を動かす役職にある議長、副議長、そして事務局長といった人物であり、彼らが議会内で強い立場を持っています。
議会のクローズドな場でハラスメントが公式に認定されることは異例であり、証拠不十分を理由に認定には至りませんでした。
しかし、今回の決定は、裁判が行われたわけでもなく、弁護士によるヒアリングが一度だけ行われた程度の見解でした。
第三者調査委員会が開かれたわけでもなく、新人議員が多数派から集中的に受けていたハラスメントの実態解明もなされないまま、私が議会内の問題提起として訴えていた内容の精査はされず、白黒がつかない状況に変わりありませんでした。
にもかかわらず、証拠不十分というのを意図的に招いたとして、結果的に私が問責決議の標的とされたというわけです。
ハラスメントを訴えた側でありながら処分を受けるという理不尽な状況に置かれました。
認定がされなかったからといって、訴えを起こした側が処分されるのはあまりに不条理なことであり、こうした結果が残ることは、将来の議会運営にも影響を及ぼしかねないと危惧しています。
■ ボス的な存在が招く不安と、議会の未来
この問責決議は、議会内で影響力を持つ人物が他の議員たちの賛否を左右できる状況の中で進行しました。
当然ながら、私に対する議案も、あらかじめ決定されていたような多数派の賛成意見により可決されるに至ったのです。
結果として、多くの議員たちは「自分が標的になりたくない」という心理からその意向に従わざるを得ず、賛否が誘導されてしまうのです。
このような状況が続けば、議会内の真の議論や自由な意見表明が形骸化し、議会の本来の役割が失われる危険があります。
これは、芦屋市議会の歴史の中で、変わることなく繰り返されてきた風潮だと語る先輩議員もいました。
問責決議は本来、市民に対する説明責任を果たすための手段だとされています。
しかし現実には、反対意見を持つ議員や従わない議員に対する“集団いじめ”のように利用され、「こういう目に合う」と見せしめの道具として使われることがあったというのです。
このような使われ方を目にすると、問責決議の意義が大きく損なわれていると感じざるを得ません。
議会ってこんなところなのか、最後の最後までそういう思いが拭えない4年間の議会の締めくくりでした。
■ 互いを尊重できる議会へ
議会は、市民のために意見をぶつけ合い、信頼関係のもとで意思決定が行われる場であってほしいと感じています。
しかし、特定の人物が他者の意見を尊重せず、言葉の圧力で賛否を左右する現状では、健全な議論が行われているとは言えません。
市民の信頼を得るには、独善的な姿勢を排除し、互いの意見を尊重する文化を築くことが不可欠です。
議会にボス的な人物はいりません。
たった一人でも意地悪な考えを持つ人物が存在すると、その輪が乱れ、影響力が全体の雰囲気を大きく変えてしまいます。
しかし、その影響力が薄れ、自立した意志を持つ議員の集まりが増えれば、きっと今期のような無益ないざこざが生じない議会運営を目指せるのではないかと感じています。










