不当な問責決議と真実を求める戦い
私と山口議員は、「議員提出議案第25号の問責決議」を提出し、真実を追求するための議論の場を設ける決意をしました。しかし、議案提出者として、他の議員からの質問に応じる義務があり、約5時間にもわたる議論が展開されました。各議員が3回までの質問権を持つルールがあるにもかかわらず、会派全体でまるで「示し合わせたかのように」同じ内容の質問を次々と繰り返し、一斉に追及しようとする姿勢が非常に圧力を感じさせるものでした。それでも私たちは理解を求め、粘り強く応答し続けましたが、議論の場では、はなから賛成する気がないという意図が非常に明確で、いくら説明を尽くしても議論は堂々巡りに陥るばかりでした。そのため、問責決議の意義を理解してもらうことが難しく、最終的には「数の力」によって否決される結果となりました。長時間のやり取りに、さすがに疲れを感じざるを得ませんでした(笑)。
結局この問責決議は、多数派が今度は反対に回り否決となりました。悪いとわかっていながら、その人を庇うという行為は、たとえ直接手を染めていなくても、同じように罪を助長していると思います。真実や正義を求める姿勢が歪められ、間違った行動が正当化されるような場面では、関わる全員がその責任を共有していると言えるからです。
ハラスメント訴えた側が仕返しされる現実
後日、この問責決議が再び否決された結果を受け、ついに職員たちの間で不満の声が上がり、ようやく事実が明らかになりました。しかし、一度決定された議決は覆ることなく、その結果が記録として残ることには無念さを感じざるを得ません。2度にわたる不適切な問責決議の経緯が、市民や議会内においても影響を及ぼし、透明性や説明責任が果たされなかったことへの失望が広がっています。議会は、市民のための信頼に基づく議論の場であるべきです。
今期最後の問責決議で、標的となったのは私です。これは、議会内で強い影響力を持つ人物に異を唱えた私が、その影響力に逆らったことで標的とされ、やむなく議会内でのハラスメント問題を訴えたことがきっかけでした。私が訴えたのは、議会を動かす役職にある議長、副議長、そして事務局長といった人物であり、彼らが議会内で強い立場を持っています。議会のクローズドな場でハラスメントが公式に認定されることは異例であり、証拠不十分を理由に認定には至りませんでした。しかし、今回の決定は、裁判が行われたわけでもなく、弁護士によるヒアリングが一度だけ行われた程度の見解でした。第三者調査委員会が開かれたわけでもなく、新人議員が多数派から集中的に受けていたハラスメントの実態解明もなされないまま、私が議会内の問題提起として訴えていた内容の精査はされず、白黒がつかない状況に変わりありませんでした。
にもかかわらず、証拠不十分というのを意図的に招いたとして、結果的に私が問責決議の標的とされたというわけです。ハラスメントを訴えた側でありながら処分を受けるという理不尽な状況に置かれました。認定がされなかったからといって、訴えを起こした側が処分されるのはあまりに不条理なことであり、こうした結果が残ることは、将来の議会運営にも影響を及ぼしかねないと危惧しています。
ボス的な存在が招く不安と議会の未来
これは、芦屋市議会の歴史の中で、変わることなく繰り返されてきた風潮だと語る先輩議員もいました。問責決議は本来、市民に対する説明責任を果たすための手段であるべきです。しかし現実には、反対意見を持つ議員や従わない議員に対する“集団いじめ”のように利用され、「こういう目に合う」と見せしめの道具として使われることがあったというのです。このような使われ方を目にすると、問責決議の意義が大きく損なわれていると感じざるを得ません。議会ってこんなところなのか、最後の最後までそういう思いが拭えない4年間の議会の締めくくりでした。