■ 芦屋市議会を客観的に見た感想
誰もが一度は見たことがある子どもの絵本で『北風と太陽』のお話がありますが、これはよくできていると私は思っています。いろんな場面でも当てはまると感じることがあるからです。
相手に強要して「やれ!やれ!」と強く言うことは、相手のモチベーションを下げるだけなのではないでしょうか。これは子どもに対して親も同じであり、そして行政に対して議員も同じような気がしています。
私は太陽のやり方を理解できるのですが、どうすれば相手に気づかせることができて自発的に意識改革ができるようになるのかを考え、そこに手を差し伸べることが必要だと感じています。
■ 議会と行政の関係に感じること
しかし最近の議会と行政の関係を見ていると、議員が北風に見えてしまう時があります。ただの論争を繰り広げているように感じるからです。
粗探しのような指摘ばかりを口にして相手を窮地に追い詰めるやり方は、両輪どころか逆に市の歩みを止めることになり、職員のやる気をなくさせてしまう行為にしかならないと感じるようになりました。
信頼関係があるからこそ言いたいこともはっきりと伝え、互いに信じて言い合える関係が築かれていくのではないでしょうか。それが議会において大切にしていきたいことだと私は感じています。
そんな合意形成の場になっていってほしいと思っています。
議員1人の背中には、多くの支持してくださっている有権者の市民の方の想いがあります。だからこそ行政との間にも、議員を通じて大きな信頼という意見の重みが生まれるのではないでしょうか。
行政は議員の意見を尊重し、議会に市政の判断を委ねてくれているのだと思います。だからこそ、議員の個人プレーを感じさせる単独思想だけの同調圧力があってはならないと感じています。
■ 責める意見だけでは伝わらないもの
もちろん、時には駄目なことは駄目だと強く指摘しなければならないことも出てきます。大事なのは、その言い方ではなく、自分の考えを相手に正しく理解してもらい、同じ気持ちになってもらうことではないでしょうか。
『北風と太陽』の話に戻りますが、北風がとった方法は相手の状況もわからずに自分の考えだけを押し通し、さらに状況を悪化させました。
旅人のコートを脱がせるにはどうしたら良いのかという本来の目的からかけ離れて、状況が余計に悪化しているようでは、一体何がしたいのか、どちらに向かっているのかと疑問に思わずにはいられません。
議員がよくやっている行動は『北風』です。しかし本来やらなければならない目的とは、教えや気づき、解決を導き出して行動してもらう『太陽』であることが必要だと感じています。
そんなことを思いながら芦屋市議会を客観的に見ている私でした。
■ 「怒る」と「叱る」の違い
余談ですが「怒る」と「叱る」の違いを調べてみました。
・「叱る」 は、相手の非を指摘・説明し、きびしく注意を与える意味で、腹を立てていない
・「怒る」 は、腹を立てて相手に注意する意味なので、「優しく怒る」とは言えない
・「叱咤」 は、大声をあげて叱る、あるいは叱って励ますこと
・「叱責」 は、責任者が下の者の失敗や過ちをきつく非難すること
・「譴責」 は、職務上の過失などで責めとがめること。日常生活ではほとんど用いない
「叱る」以外は『北風』で、もしかするとハラスメント行為と受け取られる行動にも繋がる可能性がありますね。










