■ おかしいと思うことは大切なこと
芦屋市議会議員は21人中7人が新人、9人の市議の入れ替えがありました。一年が経過しようとしていますが、これまでに「新人のうちだから許される。」というような言葉を議会内で耳にしてきました。
「おかしいと気づいたことを、おかしい」ときちんと主張できる権利は、どの議員も公平に持っているはずですし、許すもなにも昔からの仕組みや議会ルール自体が「おかしいのでは?」と思う時はどうなるのだろうと考えることがあります。
うっかりミスの失敗は誰にでもありますが、議会に慣れていない新人は方法を知らないことで誤った行動が出てきやすいと思われがちなのかもしれません。
しかし「こうするように!」というように、何も知らないうちから慣例などこれまでしてきたことにすべて従うのが正しいと決めつけるのは違うと私は感じています。期数を重ねた立場を利用して意見の重みを持たせるというやり方は、長くは続かない時代に来ているのではないかと思うからです。
もちろん、これまで築き上げてきた歴史や経過は大いに大切です。数々の経験があってこそ改善するところが見えてくるわけですし、そこには敬意を払いたいと思います。
ただ、これまで期数を重ねてきた経験を否定されることを恐れ、過去のしきたりへの執着や、そのことで改革を行わないという姿勢は違うのではないでしょうか。
おかしいと気づいたことを認めて、時代と共に変化に対応していくことが必要だと考えています。そうしたことを変えないまま逆に染まってしまうような組織体質であってはなりません。
議会は長いものに巻かれていれば良い場ではありません。また、市は国政ではないので、政党と切り分けて党派を超えて協働していくこともできるはずです。
■ 人数増やしのためのグループづくり
「仲間をつくる」というこの行為は、言葉ではなんとでも言えますが、単に数合わせをして多く集まれば良いだけの会派のグループづくりではないと私は感じています。お互いを尊重し支え合えない人とは、残念ながら思想が同じ枠組みにいても仲間とは言えないのではないでしょうか。
本当に理解を得るには、やはり信頼関係が必要であり、それに勝るものはないと感じています。議会が個人感情で動くなんてことがあれば、それは本来の姿ではありません。「敵対の気持ちからは何も生まれないのではないでしょうか」と私は感じています。
「自分に従わないから」「可愛げがないから」「気に食わないから」といった私情を政治判断に持ち込むことは、あってはならないと考えています。
議会は、弱いものを威圧し強さを見せる場でもなく、個人のプライドや威厳を強調する場でもなく、意見の合意形成を公平に図る場です。もっと言えば、主役は市民であり、行政へ導く架け橋となることが議員の務めなのだと改めて感じています。
市民、行政、議員に上下関係もありません。ワンチームで一体となって自治体を繁栄させていきたいと思います。不満の声を減らせるよう、できることから努力して参ります。










